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中国の改正海商法

外国法事務弁護士(中国法) 江 明瀚

中国の改正海商法が2026年5月1日に施行される。1993年の海商法施行以来、初となる全面的な改正であり、その主な目的は、海運業のデジタル化や環境規制への対応、司法実務上の課題の解決等にある。
本コラムでは「海上貨物運送契約」、「責任制限」及び「時効」に関する改正のポイントについて解説する。以下において、括弧内の数字は改正海商法の条文ないし章を指す。

海上貨物運送契約関連の改正

1. 運送人の貨物管理義務の範囲の拡張
現行法における運送人の貨物管理義務(Care of cargo)の範囲は、貨物の「船積、移動、積載、運送、保管、取扱、及び陸揚」と規定されているが、これに「受取、引渡」の2項目が新たに追加される(49条)。
運送中に生じた貨物の損害について、船舶の堪航性が維持され、かつ、運送人が貨物管理義務を尽くしていた場合は運送人は免責されるが、今回の改正による貨物管理義務の範囲の拡張は、運送人の免責が認められる範囲が狭くなる可能性を示唆している。特にコンテナ貨物の場合、運送人が免責を主張する機会を逸しないよう、貨物の受取時と引渡時の関連記録を詳細に作成・保管することが推奨される。

2. 海商法の適用拡大
現行法では、中国国内の海上・沿海港間運送(フィーダー運送等)は海商法の適用対象外である。改正後の海商法では、国内海上・沿海運送についても海商法の責任制限や免責事由の援用が可能となる(43条)。ただし、国際海上貨物運送で認められている火災及び航海過失(船舶の運航又は管理上の過失)による免責については、改正後も国内海上・沿海運送には適用されない点には留意が必要である(52条)。なお、今回の海商法改正後においても、河川・湖沼等での運送については依然として海商法の規定は適用されない。

3. 貨物滅失時の賠償額算定基準の変更
現行法では、賠償額はCIF価格に基づいて算出すると規定されている。改正海商法では、民法典と統一され、原則として「引渡地での引渡時の市場価格」に基づいて算出される。市場価格が確定できない場合にのみ、船積時のCIF価格に基づいて算出されることになる(56条)。

4. 運送人の賠償限度額
貨物の損傷又は滅失に関する運送人の賠償責任は、貨物1個若しくはその他の貨物運送単位につき666.67SDR、貨物の総重量について1kgあたり2SDRとして計算した金額のいずれか多い金額を限度とする。この現行法56条の規定は、改正海商法でも維持されている(57条)。

5. 貨物の受取人の不在時及び受取遅延時の責任の明確化
揚地港において貨物を受け取る者がいない場合、船長は貨物を倉庫又はその他の適切な場所に陸揚げすることができるとの規定が新たに設けられ、これによって生じた費用及びリスクは荷送人が負担するものと規定された。なお、この場合、運送人は速やかに荷送人に通知する必要がある(93条1項)。
荷受人がすでに海上貨物運送契約上の権利を行使したものの(貨物の受領、賠償請求の提出など)、貨物の受取を遅延し、又は拒絶した場合には、これによって生じた費用及びリスクは荷受人が負担することとなる(93条2項)。

油濁汚染に関する改正

6. 船舶油濁損害責任に関する章の新設
中国は「油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約の1992年議定書(CLC92)」と「2001年の燃料油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約(バンカー条約)」の締約国であるが、これまでこれらの条約は国内法化されておらず、その実施は専ら司法解釈に委ねられていた。今回の海商法改正では、船舶油濁損害責任に関する章が新たに設けられ、これら二つの国際条約が国内法化された(12章)。

海事責任制限に関する改正

7. 責任限度額の引き上げ
中国は「1976年の海事債権についての責任の制限に関する条約(LLMC76)」の締約国ではないが、現行法はLLMC76と同水準の責任限度額を定めている。今回の改正により、責任限度額はLLMC96と同一の水準になり、船主の責任限度額が大幅に引き上げられる(219条)。

時効に関する改正

8. 非接触損害の請求権時効
船舶衝突に関する請求権の時効は、現行法と同様、衝突事故発生日から起算して2年である。双方に過失のある衝突により、第三者に人身損害を与えた場合、双方の船舶は連帯して賠償責任を負う。一方の船舶が自己の過失割合を超える賠償額を支払った場合には、当該船舶は他の過失船に対して求償権を有することとなるが、この請求権の時効期間は1年とされている(賠償金を支払った日から起算)。
今回の改正により、船舶同士の衝突はないものの他船に生じたいわゆる非接触損害についても、船舶衝突の場合と同様の時効に関する規則が適用されることとなる(288条) 。

9. 時効中断事由の修正
時効中断事由として、従来の「請求人による訴訟提起」「仲裁提起」及び「被請求人による履行の同意」に加え、「請求人による履行の請求」が追加された(294条)。民法の時効に関する規定を参考にすると、海商法上も書面やメール等による履行請求のみで時効が中断される可能性がある。今後、時効の抗弁を援用することが従来よりも困難になると予想される

準拠法に関する改正

10. 海商法の強制適用
改正海商法では、積地又は揚地が中国国内にある国際海上貨物運送契約については、同法第4章(海上貨物運送契約)の規定が強制的に適用される(295条)。これにより、船荷証券に他国の法律を準拠法とする条項があっても、中国の裁判所では海商法が優先して適用される。海商法に違反する約定は無効と解される。

以上