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航海計画の欠陥は不堪航

弁護士 山口修司

1. はじめに

2021年11月10日イギリス最高裁は、CMA-CGM LIBRA Caseについて画期的な判決をしました。中国の厦門港で発生したCMA-CGM LIBRA号の座礁事故に関し、船主が荷主に対して提起した共同海損分担金請求訴訟において「航海計画の欠陥が座礁の原因であり、それはヘーグルールズが定める運送人の堪航能力担保義務の違反を構成する」と判断したのです。我が国も国際海上物品運送法5条1項において運送人の堪航能力担保義務を定めていますが、本件イギリス最高裁の判断は、我が国における国際海上物品運送実務に対しても大きな影響を与えるものと考えられます。

2. 事実概要

2011年5月17日本船CMA-CGM LIBRA号(11,356TEU) は、厦門港において5,983本のコンテナを積載し、出港した直後の翌5月18日、海上標識が設置された航路筋から離れて航行中座礁しました。当該座礁地点は、水深1.2メートルの浅瀬の近くであり、そのような浅瀬の存在はイギリス水路事務所が事故の数週間前に公表したNotice of Marinersによって注意喚起されていました。また、船舶に設置されていた「非公式」な電子チャートには当該浅瀬の記載がありませんでした。本船は、救助業者によって救助され、その費用1300万ドルのうち約900万ドルが共同海損分担金として荷主に対して請求されました。荷主の大部分は当該分担金を支払いましたが、Clyde & Coが代理する荷主又は保険会社がこの支払を拒否しましたので、船主は約80万ドルの支払いを求めて訴えを提起したのが本件事案です。

3. 最高裁判所の判断

第1審(High Court)及び第2審(Court of Appeal)ともに、航海計画の欠陥は船舶の不堪航を構成するとして荷主側が勝利しました。それに対し、船主が最高裁(The Supreme Court)に上告してなされたのが本件判決です。
最高裁は、本件判決において、座礁の原因について、次の通り判断しています。航海計画には、イギリス水路事務所の通知は反映されておらず、厦門港の航路外部分は海図記載の水深がない場所が存在する危険性の記載がありませんでした。船長は、海上標識外の航路を選択して座礁に至った訳です。しかし、チャートの水深が信頼できるものではないとの警告がなされていれば、船長が標識外の航行を決断することはなかったと考えられるため、航海計画の欠陥とそれに基づく船長の標識外航行の決断という過失が座礁の原因と考えられるとしています。
その上で、次の2つの法的問題について判断しています。
まず、第1の問題は「航海計画の欠陥は船舶の不堪航を構成するか」という点です。これについて判決は、航海計画は安全な航海に重要なものであり、欠陥のある航海計画を策定して航海を開始することは、船舶自体の堪航性に影響を与えるものであると判断されました。そして、航海計画は航海必需品として、航海開始前に準備されるものです。そして、船長又は乗組員の過失又は不作為があったとしても、不堪航から発生する損害についての船主の責任を免責するものではないとしています。第2の問題は「航海計画を作成するに当たり、船長又は船員が十分な能力と注意を尽くしていないことが、ヘーグルールズに規定している運送人の注意義務違反を構成するか」という問題です。船主は、船舶に対して発航前に航海計画作成に必要な指示、チャート及び航海に関する情報を供給している以上、堪航能力に関する注意義務を尽くしたことになると主張しました。しかし、最高裁は運送人が乗組員の注意義務を尽くさないということに対して責任を負うと判断しました。

4. 日本法における本件判決の意味

我が国は、ヘーグルールズを批准して国際海上物品運送法を制定しています。現在はヘーグヴィスビールールズを批准し同法を改正していますが、問題の条文については変更がありません。
国際海上物品運送法5条1項は「運送人は、発航の当時船舶が航海に堪える状態にあること等を欠いたことにより生じた運送品の滅失損傷又は延着について損害賠償の責任を負う。ただし、運送人が自己及びその使用する者がその当時当該事項にについて注意を怠らなかったことを証明したときはこの限りでない」と定めています。
航海計画は安全な航海に不可欠なものであり、航海計画に欠陥があれば安全な航海が担保できなくなる訳でありますので、航海計画の欠陥は不堪航を構成するという判断は日本法上も当然受け入れられるものと考えられます。従来、堪航能力とは船舶のハード面に着目した概念でしたが、判例によりその適用範囲が拡大され、最近は乗組員の能力が不足していたことを人的不堪航として認める判例が現れてきました。本件判例は、堪航能力を船舶の安全性の視点から理論構成し、その適用についてハード面だけでなくソフト面でも適用されうることを明確化した画期的判例と言うことができます。
また、国際海上物品運送法5条1項の条文上明確ですが、運送人のみならず船長乗組員など運送人が使用する者すべてが堪航能力に注意を尽くさなければならないことも本件判例は明確にしています。
国際海上物品運送法3条2項は「船長、海員等の航行もしくは船舶の取り扱いに関する行為」を運送人の免責事由と規定していますが、同免責規定は、同法3条1項の運送人の注意義務違反に適用されるけれども、同法5条1項に定める運送人が発航の当時船舶を航海に堪える状態におくこと(堪航能力)に関する注意義務違反には適用がありません。この点も本件判例で明らかにされています。

5. 結論

本件判例では、発航前に作成される航海計画に問題があるときに、それが船舶の不堪航を構成するということを明確にしました。船主あるいは海上運送人としては、常に最新の海図と情報を元に航海計画を作成しなければ、その欠陥から事故が発生した場合運送品の滅失損傷に対し責任を負い、共同海損分担金を荷主から回収することができなくなることになります。そして、船舶が発航時不堪航である限り、船長又は乗組員の航海に関する過失が事故に寄与したとしても船主又は運送人の責任は免責されません。
また、船主又は海上運送人は、船長や乗組員など運送のため使用する者が発航時堪航能力について注意を尽くすことについても責任を負うことも明確になりました。
本件判決はイギリスの最高裁の判決で極めてその影響力が大きいといえます。また、内容的にもヘーグルールズの制定過程の議論、イギリスの不堪航に関する判例の蓄積、アメリカ法の解釈などをきめ細かく考察した判例で今後の実務に多大な影響を与えることになると思います。