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出訴期限と時効

弁護士 山口修司

1. 商法585条の出訴期限

運送人の責任の消滅について、商法585条1項は「運送品の滅失等についての運送人の責任は、運送品の引渡しがされた日(運送品の全部滅失の場合にあっては、その引渡がされるべき日)から1年以内に裁判上の請求がなされない限り消滅する」と定めています。すなわち、出訴期限の起算日は、運送品の引き渡された日あるいは運送品の全部滅失の場合は、その引渡がされるべき日です。ただ正確には、初日は不算入ですから(民法140条2項)運送品引渡日の翌日が出訴期限の起算日となります。
この出訴期限の延長について、同条2項は「前項の期間(出訴期限)は、運送品の滅失等による損害が発生した後に限り、合意により延長することができる」と定め、出訴期限の合意による延長を認めています。延長合意は、何度でも可能で、何回までとか何年以内というような制限はありません。
また、同条3項は「運送人が更に第三者に対して運送を委託した場合において、運送人が第1項の期間内に損害を賠償し又は裁判上の請求をされた時は、運送人に対する第三者の責任に係る同項の期間は、運送人が損害を賠償し又は裁判上の請求をされた日から3ヶ月を経過する日まで延長されたものとみなす」と定め、運送人の下請運送人に対する求償権について出訴期限を3ヶ月延長し、運送人の保護を図っています。
この商法の規定は、国際海上物品運送法にも準用されています(同法15条)。

2. 時効の完成の猶予

それでは、出訴期限は時効とどのように相違するのでしょうか。
民法は、裁判上の請求(民法147条)、強制執行(民法148条)、仮差押え仮処分(民法149条)のような法律手続きに完成猶予の効果を与えています。
その他、催告があった時は、その時から6ヶ月を経過するまでの間は、時効は完成しない(民法150条1項)とされています。「催告」とは、支払いを求める意思表示ですが、通常内容証明郵便で行われます。これは、将来裁判になった際に、催告の到達日を日本郵便の内容証明及び配達証明によって立証することができるからです。ただこの催告による時効の完成猶予は一度しか完成猶予の効果はありません(民法150条2項)。
今回民法改正で、今まで法律上認められていなかった協議を行う旨の合意による時効の完成猶予が認められました(民法151条)。
すなわち、権利についての協議を行う旨の合意が書面でなされた時は、
1)その合意があった時から1年を経過した時
2)その合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る)を定めたときはその期間を経過した時
3)当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でなされた時はその通知から6ヶ月を経過した時のいずれか早いときまで時効は完成しません(同条1項)。
時効の完成が猶予されている間にされた再度の合意は有効ですが、時効が完成するべき日から5年を超えることができません(同条2項)。
但し、催告によって時効の完成が猶予されている間に協議をおこなう旨の合意をしても時効完成猶予の効果はありません(同条3項)。このように、民法では時効についても合意による時効の完成猶予を有効としましたので、商法の出訴期限と同様合意による時効の延長が認められることになりました。

3. 商法586条に定める時効

商法586条は「運送人の荷送人または荷受人に対する債権は、これを行使できるときから1年間行使しないときは、時効によって消滅する」と定めています。「運送人の荷送人または荷受人に対する債権」とは、商法573条1項に定める運送賃債権や商法572条に定める危険物に関する通知義務違反に基づく荷送人に対する損害賠償請求権がこれに該当します。
商法573条1項によると運送賃は、運送品の引渡と同時に支払うことになっていますが、実際は、運送人は顧客と運送賃支払時期について、1ヶ月分をまとめて次月の末日払いなどと支払期日を別途約定している場合もあります。時効の起算日は、この運送賃が支払われるべき日からということになります。つまり、約定がなければ、運送品引渡日からとなるのですが、初日不算入の原則から引渡日の翌日から時効期間が起算されます。約定で運送賃支払期日が定められている場合は、運送賃支払い日は運送賃支払期日の翌日から時効期間が起算されます。
また危険物の通知義務違反による荷送人の請求については、事故発生後その原因が荷送人の危険物通知義務違反であることを運送人が知った日の翌日から時効が起算されます。
そして、この運賃等の時効については、催告による6ヶ月間の時効の完成猶予と、合意による時効の完成猶予が認められます。
このように、荷主から運送人に対する運送品滅失等による損害賠償請求の出訴期限と運送人から荷主に対する運賃請求権や損害賠償請求権の時効は法律上相違するものであることを理解ください。

4. 商法(海商法等)に規定されるその他の時効

船舶衝突について発生する不法行為に基づく財産権侵害による損害賠償請求権は不法行為の時から2年の時効期間が定められています(商法796条)。但し、船舶衝突についての人に対する生命身体に関する損害賠償については、被害者が損害及び加害者を知った時から5年の時効期間となります(民法724条及び724条の2)。船舶衝突の場合物損と人損では、時効の起算日及び時効期間がそれぞれ相違しますので注意が必要です。
海難救助の場合の救助料または特別補償料にかかる債権は、救助の作業が終了した時点から2年の時効期間が定められています(商法806条)。
共同海損の分担に基づく債権については、その計算が終了した時、つまり共同海損精算書が作成された時から1年の時効期間が定められています(商法812条)。
海上保険については、保険の一種ですので保険法が適用され、保険金請求権は、これを行使できるときから3年の時効期間が定められています(保険法95条1項)。一方、保険料請求権はこれを行使できるときから1年の時効期間が定められています(保険法95条2項)。
これら時効については、上記で説明を致しました民法の時効完成猶予の規定が適用されます。
少々複雑ですが、覚えておいてください。